2017年4月26日水曜日

耳障りな最近の政界流行り言葉


 意外に国会中継を視聴していることが多い今日この頃です。平日に休みが取れた時にはテレビで、外出の際には携帯ラジオで何となく見たり聴いたりしています。最近の政界では親分の使ったキーワードを子分たちが嬉しげに連呼している場面に度々遭遇します。時として流行語大賞にも選出されることがある政界の流行り言葉。政権が長期化すると耳障りな政界言葉が数多く生まれてきます。第二次安倍内閣やそれを取り巻く野党から発せられる、ちょっとイラっとくる最近の政界流行り言葉を列挙してみました。



『当たらない』


 数の力を背景にしてか、野党からの追及に対して十分な説明もなく、『それは全く当たりません』の一言でバッサリ切り捨てる。野党の追及方法にも問題はあるが、十分な議論を期待していた国民に肩透かしを食らわせる強者の答弁。実際の社会生活ではほとんど聞いたことがない言葉。
 これを実生活で言ったら嫌われそうで怖い。会社の上司からお小言をもらった直後に、『それは全く当たらない』と言い放ってみたいものである。

 そもそも火のないところに煙は立たないわけで、全く当たらないと強弁できる今の与党が羨ましくもある。さて、この言葉がいつまで聞かれるか楽しみでもある。



『緊張感を持って』


 閣僚たちが重要な任務に当たる際によく使う『引き続き緊張感を持って取り組む』という言葉。それって当たり前すぎて、聞いている方にはほとんど響かない。むしろ緊張感が完全に不足している政治家が今の内閣には多すぎる。閣僚の度重なる失言には国民もうんざり。
 ピカピカの新人がこの言葉を使うのは初々しくてよろしいが、老獪な政治家が使うべき言葉ではない(と信じる)。

 度重なる未曾有の自然災害やいつ核ミサイルが落ちてくるかわからない北朝鮮問題などの重要課題が山積しているなか、『緊張感を持って』などと新入社員のような事を言っている暇があったら、プロの政治家としてすぐに行動に移れと言いたい。



『粛々と』


 基地問題で政府がこの言葉を使い、沖縄県民から猛反発を受けた後はさすがに影を潜めているが、『粛々と前に進める』という言葉を政治家が使うと「もう国民の意見は聞かない」と言っているのに等しい。本来の「粛々」は「静かなさま」や「厳かなさま」の意であり、「周りの意見に拘らず」という意味ではない。それに気づいたのか、最近はこれを使う閣僚は激減したようだ。与党内で通達でも出されたのだろう。それこそ自分たちが「粛々と」国家・国民のための仕事に邁進してほしいものである。そうしないと「粛清」されるかもよ。



『常在戦場』


 故事成句や四字熟語として学校で教わるものではないので、一瞬考えてしまう言葉。長岡藩牧野家の家訓であり、長岡出身の山本五十六連合艦隊司令長官が座右の銘としていたため、経営者や政治家の間では有名な言葉らしい。
 「いつも戦場にいる心構えで事をなせ」という意味だが、電線の上で落ちないようにしている猿を想像してしまう。「猿は木から落ちても猿だが、政治家は落ちれば(落選すれば)ただの人」との名言を聞いたことがあるためであろう。

 ニヤつきながら『常在戦場』などと言っている与党陣営を見ると、次の選挙にも絶対の自信が見え隠れしてしまい、投票する意欲が一気に失せてしまう。都市部の投票率は上がりすぎない方が今の政権与党には好都合らしいので、そのための深謀遠慮かもしれない。



『是々非々』


 初めてこの言葉を聞いた時にはどんな姿形をしたヒヒかと想像してしまった。政権与党に近い野党が連発する言葉。『我が党は是々非々です』などと聞くと、「それがフツーだろ」と言い返したくなる。「何でも反対のどこかの野党とは違う」と言いたいのだろうが、是々非々ですと聞いただけでは支持していいのかどうか判断もできない。具体的な意見や考えを述べるべき。是非お願いしたい。




『倫理!倫理!』


 政治資金などの問題が表面化すると、しきりに大きな声で鳴き出す政界に住む鈴虫。リンリ・リンリの大合唱に耐えきれず、渦中の政治家は説明責任を果たすと約束するが、「秘書が、秘書が」の言い訳のみで、いつの間にか目立たぬところに雲隠れ。そのうち、次の選挙で再選されれば、禊(みそぎ)は済んだと涼しい顔で現れる。その後は鈴虫がいくら泣いても知らん顔で政治家稼業を続けてる。何をやっても役職を退くだけで、議員のバッチは外さない。選挙区の地盤さえしっかりしていれば、何があろうといつまででも続けられる美味しい仕事、それが議員様だ。凄惨なリストラに晒されている中高年サラリーマン憧れの職業である。



『一線を超えた?』


 もうここまでくると政治家にまつわる話なのか、芸能人のゴシップなのか訳が分からなくなってしまう。いい大人の男女が人前で手を繋いでいて、一線を超えるも何もあるまい。汗だくで『一線は超えてません』と言い張ること自体がナンセンスである。そもそも不倫をしていようが、男女の仲になろうが、個人とその関係者の問題である。本当の一線(レッドライン)を超えそうな、狂気の独裁国家の怪しい動きが激しくなる中で、こんなナンセンスな問題で政界もマスコミも時間を潰している場合ではあるまい。

 一線越え問題で週刊誌に叩かれれば、次から次にいくらでも出てくるホコリの方が大問題だ。国民の血税をいとも簡単にポケットに入れられる仕組みを放置し、ホテルでの逢引きを政策の勉強と言い張る議員ばかりのこの国に果たして未来はあるのだろうか。



やばい、不満が溜まってるのかな?


 国会中継を視聴しながら、これらの政界流行り言葉を聞くと、反論の言葉が自然と口から漏れてしまいます。イヤホンをして通勤電車の中にいるときなどは、周りから白い目で見られることも。これって今の社会や政治に不満が溜まっているのかもしれません。こんな形で憂さ晴らしさせてもらってもバチは当たりませんよね.....



また出た!『全く当たらない』


 今話題の文科省を取り巻く怪文書について前事務次官の記者会見を受けて、官房長官の口からまた出てきた「全く当たりません」のお言葉。予想通り理由や説明は無しで、一方的に言い切りました。天下り問題で官邸に詰め腹を切らされた前事務次官の意趣返しとの見方が大半ですが、それに対して前事務次官のスキャンダル情報がリークされ、事態は混迷を極めています。ドロドロですね、今の日本の政治は。森友問題も全然片付いていないし。結局最後まで国民にはわからないんだろうなと思うと、虚しさを感じます。

(2017年5月26日追記)


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