2017年6月4日日曜日

準天頂衛星「みちびき」でいつもの谷津道探検サイクリングは変わるか


 準天頂衛星「みちびき」二号機の打ち上げ成功で、マスコミ各社の報道が加熱しています。『10メートル程度あったGPS測位誤差が数センチメートルにまで精度が向上する』とテレビや新聞に騒ぎ立てられると、否が応でも普段GPS機器を活用している一人として興味を持たざるを得ません。GPSと電子地図を使って自然豊かで安全・快適な自転車ルートを楽しむ「谷津道探検サイクリング」にのめり込んで早6〜7年経ちます。利用するGPS機器の誤差が数センチ単位になったら、この谷津道探検サイクリングがどのように変わるのか、「みちびき」の勉強も兼ねて考察してみました。

準天頂衛星「みちびき」 出典:内閣府ホームページより


今持っているGPS機器は「みちびき」に対応しているか


 現在マスコミ各社が騒いでいる「みちびき」は二号機です。初号機が打ち上げられたのが2010年ですから、随分と間が開いたものです。持っているGPS機器も古いものは2010年以前の物もありますので、「みちびき」に対応しているかどうか調べてみました。内閣府のホームページで紹介している「みちびき」対応製品のリストには2015年以降の分しかありません。

持っているハンディGPS機器、「みちびき」が受信可能なのはeTrex 30Jのみ

メーカーのホームページで「みちびき」対応を謳っているのはGarminのeTrex 30Jのみでした。登山用に長年使っていたeTrex SUMMIT HCの後継機として買い換えた機種ですので、内蔵のGPS受信機も新しいものが搭載されているようです。ハンディGPS以外ではiPhoneにもGPS受信機が内蔵されていますが、使用しているiPhone6は「みちびき」のサポートはありません。iPhone7からの対応でした。サイクリング時に使用しているEdge800Jも未対応で、1000Jや510Jからサポートとなっています。


新旧のGPS機器はどれほど精度が違う?


 「みちびき」が受信可能かどうかはメーカーの発表サイトをわざわざ探さなくても、各機器が表示する衛星受信状況画面を見れば一目瞭然です。どの機器にも受信中の衛星の番号と信号強度を表示する画面が備わっています。

メインで使っているEdge800JとeTrex 30Jの衛星受信状況画面

一目でEdge800Jは受信している衛星の個数が少ないことがわかります。これはEdge800Jが受信できるのは31機ある米国GPS衛星誤差修正情報を送ってくるDGPS衛星のみだからです。それに比べてeTrex 30Jの方は、米国GPSに加えて24機あるロシアのGLONASSも受信できます。ガーミン製品の場合、番号1から32までが米国GPS衛星、65から96番がGLONASSを表しています。右のeTrex 30J画面には日本の「みちびき」193番も出ています。ただし、地平線近くの低い場所にあり、衛星からの電波も弱いことが見て取れます。GPS衛星の情報や仕組みについてはこちらのサイト「トレッキングでのハンディGPSについて」の解説がわかりやすく、大変参考になりました。

 ここで注目すべきはGPS精度の表示です。これは複数の衛星から送られてくる電波の情報を基にして位置を割り出す際に、複数の計算結果の矛盾を誤差として表しています。プラスマイナス両側がありますので、実際にはこの値の2倍ほどの誤差が出ている可能性があります。受信している衛星の数に倍ほどの違いがありますが、Edge800JもeTrex 30Jもどちらも誤差は4mとなっています。受信状態が良い時には、米国GPS機しか受信できない古いGPS機器でも結構な精度があることがわかります。それに対してGPSが計算する高度の数値は大きく違っています。Edge800Jではなんと標高121メートルと出ています。自宅のある場所の標高は5メートル程度であることがわかっています。一戸建ての二階で計測していますので、eTrex 30Jが表示している高度8メートルというのが概ね正しいということがわかります。GPS機器は水平位置に比べて垂直位置の精度が極端に劣ります。登山用のハンディGPSに気圧高度計も内蔵しているものが多いのはそのためで、使用したeTrex 30Jも気圧計による高度補正がオンになっていました。


街中でGPS機器を利用する際の誤差


 衛星から飛んでくるGPS電波で位置を計算するには最低三つの衛星が受信できないといけません。よくある三角測量の技法と同じです。高度の計算にはさらにもう一つ必要になり、最低四つの衛星からの電波が使われます。ただしそれぞれの衛星からの電波には色々な誤差要因が含まれていますので、精度向上のためにはできるだけ多くの衛星が受信できる必要があります。上空で静止していないGPS衛星は時間とともに移動していきます。建物などに電波が遮られる地平線近くの衛星は測位には役に立たない存在です。高いビル群が立ち並ぶ市街地を移動している時には、受信できる衛星は上空の限られた範囲だけになってしまい、かなり精度が低下します。下の図は久しぶりに皇居前のパレスサイクリングを目指して、両側にビルが立ち並ぶ淡路町付近を自転車で走った時のGPS軌跡(赤線)です。実際には道路の左端に沿って(青線)まっすぐに走っていますが、かなり大きくふらついて測定されているのがわかります。

東京の淡路町付近を自転車で走行中に記録されたGPS位置

大きい場所では誤差が30メートル程度も出ています。都心部では一本横の道と間違えるほどの誤差になります。これに対して、周りに高い建物が一切無い皇居前では、同じEdge800Jの軌跡で走っている道路の車線まで読み取れるほどの精度が出ていることがわかります。

高い建物のない皇居前では走っている車線まで判別可能な精度

一番条件の良いところでは2メートルまでのGPS精度が表示されました。米国GPSのみしか受信できないEdge800Jでも、条件の悪いビルの間で誤差30メートル程度、条件の良い開けた場所では誤差2メートル程度で位置を把握できます。精度が高いに越したことはありませんが、この精度でも特に不満はありません。


「みちびき」では何がどう変わる?


 まず注意しなければならないのは、ニュースなどの『GPS誤差がセンチメートル単位まで小さくなる』という見出しです。先にも書きましたが、「みちびき」が打ち上げられたからといって今持っている機器が対応していなければ何も変わりません。「みちびき」からの電波が受信ができることが大前提です。

 「みちびき」の位置精度向上にはサブメータ級測位補強センチメータ級測位補強の二種類があります。センチメータ級測位補強を利用するためには、特殊なアンテナと受信機を使用した測位が必要です。今一般の人が利用しているスマホやハンディGPSで、センチメータ級測位補強が利用可能になる目処は立っていません。『数センチの誤差でGPSの位置情報が利用可能』というのは、当分の間一般の人には関係ないと思った方がいいのですが、マスコミの報道ではこの辺の説明が省かれています。

 サブメータ級測位補強を利用するには「みちびき」が送って来るDGPS(相対測位方式)信号を受信・処理できなければなりません。「みちびき」の電波受信には対応しているeTrex 30Jでも、「みちびき」からのDGPS信号受信には未対応とのこと。つまり1メートルを切るようなサブメータ級の測位は現在持っている機器では不可能なことがわかりました。次の買い替えまでお預けということになります。

 では一般のGPS利用者にとって「みちびき」で何が良くなるのでしょう。間違いなく言えることは、受信可能な衛星の数が増加することです。受信できる衛星の数が多いほど精度の向上が期待できます。さらに準天頂衛星である「みちびき」が複数機体制になる2018年度からは、衛星が日本の上空に滞在している間は、ほぼ真上に位置してくれるようになりますので、周りのビルに電波が遮られることが少なくなります。都心部のビル街をサイクリングしている間も、もう少し精度の向上が期待できそうです。

スマホアプリ「GNSS View」 場所と時間を指定して受信可能な衛星を表示できる

NECが提供しているスマホアプリのGNSS ViewGNSS Viewウェブサイトを使えば、位置と時刻を指定して利用可能な衛星を知ることができます。「みちびき」は二機目が打ち上げられたばかりで、サービス中なのは193番の一機目のみです。ある日のお昼頃に位置を確認してみたところ、ほとんど地平線すれすれでした。実際にeTrex 30Jで受信を試みましたが、受信できません。夕方もう一度チャレンジしてみたのが、前に掲示した受信状況画面です。天空の真上に来る時間を調べてみると深夜零時頃でした。これでは日中のアクティビティには使えませんね。2017年度中には四機体制になるようですので、そうなればいつでも良い状態で受信可能になるでしょう。


普段のGPS利用状況では「みちびき」は宝の持ち腐れ?


 ハンドルバーにGPSサイコン(Edge800J)を取り付けて走行していますが、バッテリーの消費が大きくなる地図表示はたまにしか使いません。細かなルートの検討は出発前や帰宅後にタブレットやパソコンの電子地図で行います。走行中は現在位置と大まかな進行方向を時々確認するのみですので、多少の誤差があっても問題にはなりません。

この取り付け位置でこの縮尺の地図を見ているのでGPS精度はあまり問題にならない

普段探検しながら走り回っている場所は下総台地の里山ばかりですから、道の数も少なく、10メートル程度の精度で現在位置が特定できればまず道に迷うことはありません。山の斜面を早い速度で下る際には、GPSが追従できず大きな誤差が生じることもしばしばですが、そもそも一本道ですから間違えようがありません。探検サイクリングの醍醐味としては、知らない道に迷い込んでから抜け出すまでのドキドキ感も重要な気がしてきました。数センチ単位の精度で自分の位置がわかってしまったら面白くないかもしれません(^ ^)

こんな場所ばかりでは高精度の「みちびき」は宝の持ち腐れになりそう

現在のEdge800Jも6年くらい使用していて、そろそろバッテリーの劣化が目立ってきました。内蔵バッテリーを交換して使い続けるか、最新モデルに買い換えるかはお財布との相談になりますが、「みちびき」の機能を利用するために最新機種に買い換えるという選択肢はなさそうだというのが、今回の考察の結果となりました。



『最小誤差6cm歩行者ナビ』東京五輪で実用化?


 日経新聞夕刊にこんな見出しを見つけました。スマホを使って街中から地下街まで歩行者を道案内するナビゲーションシステムの開発に政府主導で乗り出すとあります。街中では「みちびき」を活用して誤差6cmを目指し、衛星電波の届かない地下では必要な箇所に電波発信機を整備するそうです。さて、どんなものがどのくらいの価格で現れるのか今から楽しみです(^ ^)

(2017年6月23日追記)



「みちびき」が4機体制になる2018年度からは役立ちそう


 現在3機まで打ち上げられている「みちびき」ですが、2017年10月10日に4機目の打ち上げが決まりました。先にご紹介した衛星位置シミュレータでは、すでに4機体制になった時の状態を知ることができます。午前11時と午後11時の位置をシミュレータで表示させてみました。

「みちびき」が4機体制になった時には複数個がほぼ天頂付近に位置する

衛星番号193から195までの3衛星が準天頂軌道を周回する「みちびき」で、衛星番号199が静止している「みちびき」です。時間を変えると「みちびき」の193から195が入れ替わり立ち替わり次々に天頂(真上)にやってきます。さらに静止衛星軌道に打ち上げられる199が絶妙な位置に陣取っていて、周りを高いビルで囲まれている都心部でも複数個の「みちびき」からの電波が受信可能となります。サブメータ級測位補強やセンチメータ級測位補強などの最先端の機能のないGPS受信装置でも、この複数の「みちびき」電波が受信できるようになれば精度の向上が期待できます。4機体制での正式運用が始まるのは2018年4月以降のようですので、その頃にもう一度皇居前のパレスサイクリングに出かけて、ビルに囲まれた道路でどれだけ誤差が小さくなったか確認に行こうと思います。楽しみだな〜(^ ^)

(2017年8月30日追記)



0 件のコメント:

コメントを投稿